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飛騨の手紙文学『哀しみを乗り越えて』|大切な人を失った人々の物語

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飛騨の手紙文学『哀しみを乗り越えて』|大切な人を失った人々の物語

岐阜県飛騨高山市。江戸の世から続く川魚の佃煮屋が軒を連ねるこの古い町で、一人の老舗当主が静かな哀しみを抱えていた。九十二歳で母を看取ってなお、三年が過ぎても癒えない寂しさ。〈天寿まっとう〉と言われるほど長く生きた親を失っても、残された者の心には深い空洞が残る。その痛みに向き合おうとした当主が選んだのは、同じ哀しみを知る人びとへの呼びかけだった。飛騨の山あいに生きる人々の声が、五十三通の手紙となって届いた物語である。

目次

第一章 三年たっても癒えぬ哀しみ

飛騨高山市にある江戸時代からつづく川魚の佃煮屋当主が、母親を十二年間の自宅介護のすえ、九十二歳で亡くした。

まわりの人びとは、〈九十二歳なら天寿まっとう、極楽往生〉とめでたそうな顔をしたが、七十近い息子は三年たっても寂しいままだったらしい。

第二章 五十三通の手紙

市の広報を通じて、賞品つきで死別の哀しみを乗り越えた体験談を手紙形式で募集して、慰めにしたとのことであった。

十三歳から八十七歳までの人たちから、当初予想していた数をはるかに上回る、五十三通の手紙が寄せられた。

第三章 ドテカブとチチカブの詰め合わせ

感激した当主は、応募者全員に同店の看板商品、ドテカブやチチカブ(ハゼ科の淡水魚)の甘露煮の詰め合わせを贈るとともに、寄せられた手紙のうちの十編を、応募者の承諾を得たうえで小冊子にまとめて、店頭や公民館などで無料配布した。

以下はそのうちの三通である。

飛騨弁・方言の解説

飛騨弁・語句意味・標準語
天寿まっとう寿命を全うすること。天から与えられた命を生き切ること。
極楽往生安らかに死んで極楽浄土へ行くこと。飛騨では葬儀の場などでよく使われる表現。
ドテカブハゼ科の淡水魚の飛騨地方での呼び名。川の土手(ドテ)付近に生息することから。
チチカブ同じくハゼ科の淡水魚の飛騨地方での呼び名。カジカとも近縁で、飛騨川・宮川流域で古くから食用にされてきた。
甘露煮砂糖・醤油・みりんなどで甘辛く煮上げた佃煮の一種。川魚の保存食として飛騨地方に根付いた伝統的調理法。
佃煮屋川魚などを醤油と砂糖で煮詰めた保存食を製造・販売する店。飛騨高山では江戸時代から続く老舗が今も残る。
当主家・店の主人・代表者。飛騨では老舗の家長を指すことが多い。
公民館地域住民の集会・活動の場。飛騨では山間の集落ごとに置かれ、地域の情報発信拠点にもなっている。
広報(市の広報)自治体が発行する広報紙。飛騨高山市では全戸配布され、地域のお知らせを届ける重要な媒体。

まとめ

この物語は、長寿を全うした親を送った後もなお消えない、静かで深い哀しみを描いています。「天寿まっとう」という言葉でくくられてしまいがちな喪失感に、飛騨の人びとは五十三通の手紙で正直に向き合いました。年齢も立場も違う人びとの声が一冊の小冊子に集まったように、哀しみは分かち合うことで少しずつ形を変えていきます。あなたの心にも、誰かの言葉がそっと寄り添いますように。

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